「ゆるい音楽」と「上手い音楽」の対立

    「ゆるい音楽」と「上手い音楽」の対立があるように見える。全盛期からの問題である。

     

    ここでの「ゆるい音楽」の定義は、ミスがあっても認め合い、緩やかさがあり、ゆるく楽しい音楽

     

    「上手い音楽」の定義は、できるだけミスを無くしうまい表現をする。きっちりとあっているような音楽

     

     初めは皆下手だうまい演奏なんて出来ない。そこからある程度できるようになる。そこからが分かれ目。

     

    もっとうまくなりたい人は「上手い音楽」を目指す。弾いたり、歌ったりそれだけで楽しい人が「ゆるい音楽」を目指す

     

    機械的な練習が嫌いな人は「ゆるい音楽」で満足する。それは、その人にあってるから、それでいいし、その人にとっては正しい。

    「上手い音楽」を目指す人もいる。プロに憧れて、あんなフレーズや技術を身につけたい。それで練習に励む

     

    「上手い音楽」は「ゆるい音楽」を聞くと不機嫌になる。ミスもあるし、自己満足的。だと考える。それで、批判するようになる。

     

    「ゆるい音楽」が楽しい人も批判されたら面白く無い。でも、機械的な練習は嫌い。楽しくありたい。でも、なぜそれを踏みにじられるのか悩む。人によっては音楽をやめてしまう。

     

    「上手い音楽」だけの世界になってしまっても上手い人同士どちらが上手いか、あるいはどんなこだわりがあるか対立する。競争社会になる。

     

    趣味なのに、そんなに切り詰めて楽しいのだろうか。というのが個人的にはある。

     

    「上手い音楽」と「ゆるい音楽」

    究極的に言うとどちらが正しいというのはないと個人的には思う

     

    音楽は難しい。いや、難しくしているのは考えすぎているからかもしれない